自分の感情との向き合い方

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君の生涯のもっとも輝かしい日は、いわゆる勝利の日ではなく、絶望の中から、人生の挑戦の気持ちと、今に見ろ、やってやるぞという気持ちがわきあがるのを感じる日である。    フローベル(1821~1880)

この言葉を以前にどこかでご覧になったことはないでしょうか・・・おそらくあると思います。

人は人生で何度も挫折するものです。しかし、挫折するから、「今に見ろ、やってやるぞ」という、成功のエネルギーとなる感情が生まれるわけです。禍福はあざなえる縄のごとし、ということですね。

とはいえ、事業に失敗した、財産をなくした、リストラされた、大切な試験で失敗したという状況下で、そうすぐに「今に見ろ、やってやるぞ」という気にはなれないに違いありません。

挫折と言えば、自分自身が大怪我をした、にっちもさっちもいかない病にとりつかれた、死病を宣告された、といったことも起こり得ます。当座は精神的に参ってしまうのではないでしょうか。乗り越えるのに相当な精神力を必要なことでしょう。

そうした挫折に加えて、人は別離や喪失といったものも経験します。肉親と死別した、配偶者と離婚した、失恋した、かわいがっていた犬猫が死んでしまった、というのがこれです。自分の大きな支えを失ってしまえば、いくら元気で快活な人でも、喪失感に打ちのめされ、当面はふさぎこんでしまわざるを得ません。

こうした精神的な打撃、トラウマといったものは、時間はかかっても乗り越えていくしかありません。いまだかつて精神的な打撃と無縁であった人はいないでしょう。だれもがのた打ち回りながらこうした苦悩を乗り越えていくわけです。

しかし、経験のある人ならわかっていることですが、乗り越えるのは決してたやすいことではありません。不安や喪失感がパニックとなって襲いかかってくれば、その猛威に我ながら唖然とするものです。私たちは、ふだんは感情は理性でコントロールできる、いや、しなければならない、と割と安易に考えています。しかし、いざ自分がパニックを起こしてしまえば、いかに自分の認識が甘かったか、そのときはじめて知るのです。

たとえ、やっとのことでパニックが落ち着いたとしても、心に当面の間、憂鬱が居座ってしまうのです。この居座った憂鬱を乗り越えるには、誰しも相当苦労するものです。そして、自分の感情をコントロールすることがいかに難しいか痛感するわけです。

ところで、私たちは病に向き合う場合、書籍やネットで自分の病に対する知識を仕入れておくと、余計な心配が最小限にできるし、医者にもうまくかかれます。それと同様に、不安や喪失感といった感情と向き合う場合も、ふだん前もって知識を仕入れて、方法論を確立しておいたほうがいいのではないか、と私は考えるのです。

苦しむにしても、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」を毎度繰り返していてば、せっかくの経験が生きません。自分の経験を踏まえて、自分の恐怖や悲しみ、あるいは憂鬱といった感情にどう向き合うべきか、平素自分のなかで整理しておくべきなのです。そうすれば、たとえ苦しむにしても、理不尽な苦しみ方をする必要はなくなるのではないでしょうか。

そのためには、理性と感情の理解は外せません。理性と感情のせめぎあいを理解しておくことは、自己実現や対人関係に大切なことですし、自分がいざ悩んだときにもたいへん役に立つのです。

精神的な打撃を受けて、不安や喪失感を感じるのは、あたりまえで自然なことです。しかし、それが長く尾を引いて、いつまでも克服できないとすれば、気の毒ではありますが、人間としての面目に欠けると言わざるを得ません。といって、無理をしてやせ我慢したところで、不安や喪失感を克服できるわけでもありません。

真に人間的らしい心とは挫折や喪失に直面しても、しばらくすれば立ち直って朗らかにしていられることであると思います。そういう知恵をもった心なのです。そのためには自分の感情といかに向き合うか、知識も要るし、工夫もいる、そして、心の持ち方を日ごろから練習しておく必要がある、ということなのだと思います。

もし、あなたが自分の感情との向き合い方に上達すれば、あなたの周囲にいる苦悩する人を支えることができるようになるでしょう。それは素晴らしいことだと思います。
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by bfath602 | 2011-08-02 10:52


どうすればもっと出版の成功率を上げることができるのでしょうか。やり方はあります。それはコーチングを使うことです。


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