第三者視点を常に持つ

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「・・・心のなかに思っちゃいけないこと、考えちゃいけないことが出てきたときに、それを押さえつけたり、思うまいとしたり、あるいは、思えば悪い結果がくるってことをいくら理屈千万がわかったって、心が肉体の奴隷になってたり、心の奴隷になっていたら、それから逃れることはできないんですよ。

理性の力だけで良し悪しがわかってるからといって、いいことはいいように、悪いことは悪いようにと片付けられたらば、人間、何にも苦労することはないがな。馬鹿かたわけでない限りは、思っちゃいけないことは思っちゃいけないぐらいはわかるがな。わかっていても、それを思わずにはいられないんだろう。どうです。

もちろん、理性という心の持つ働きは尊いものがありますよ。こうやってお互いが未開から半文明、文明へと時代が進んできたのは、人々の理性の働きから生まれた結果に相違ない。これは否定できない。人間の世界だけに進化と向上があるのも、理性心があるからものの善悪や邪正、曲直の判断ができるからではある。

しかしですよ。ここだ、考えねばならないのは。理性にはそうした優れた働きはあるけれど、心を統御する力はないんだ。わかった?

理性心と本能心がしょっちゅう取っ組んでるんですよ。これを煩悶というんだよ。理性心と動物心が喧嘩してるのが煩悶なんだよ。喧嘩しなかったら煩悶なんかありゃしない。しかるに、出せばだすほど煩悶するのを知らないで、理性心を出してるっていうと、統御に失敗しちまうんだ。

ところがこの点に気づかずに、理性心で本能心を統御、支配できるように思う軽率な考え方で人生に生きていくと、どんなに金ができたって、どんなに身分ができたってだめ。

そこで最後に、心を積極化するのにとても役立つ特別の心がけを教えよう。これは私がインドで教わって、そのままやって、非常に私の病の回復に役立ったんだから、あなた方にも役立つだろうと思う。

それはね、肉体の感覚はもちろん、そのほかの本能的感覚や情念、さらには理性心でも、霊性心でも、すべて実在意識領域に発現するすべての心的現象を、あとうかぎり客観的に思うことなんだ。

自分の体が痛いとか、かゆいとか、不愉快だとか、あるいは腹が立つとか、悲しいとか、恐ろしいとかいう感覚や感情、そのどれでをも、今後はだよ、たとえば腹がへった感じであろうと、あるいは痛みであろうと、怒りや悲しみや憎しみというような一切の感情を、ちょうど自分以外の人が感じているように、客観的に考えるようにしろっていうんだよ。まだ、わからない?もっと噛んで含めるように言おうね。

自分の腹が痛いのを、隣のおばさんの腹の痛いように感じなさいっていうんだよ。

こういう心がけを実行すると、自分の生命の道具である心や肉体と、ほんとうの自分とをまぜこぜにしなくなるんです。いつも截然としてほんとうの自分をぴたりと守って、心を積極的に完全に生きられるようになるんだよ。実際ですよ、こうした特定意識で人生に生きてこそ、いつも頼もしい積極的な人生に生きられるんです。そしてほんとうの幸福なものになれるんです。

特定意識を自分の心とする習慣がついちまうと、どんなできごとに直面してもこころの動乱が生じないんですよ。泰然自若として処置することができるんだ。」

『成功の実現』 中村天風述

今風に言えば、潜在意識は顕在意識でコントロールできるようなものではない、ということを繰り返し述べておられます。この考え方にたいへん同意します。対処として、第三者視点を常に持つことをすすめておられます。私たちは得てしてこの感覚を忘れてしまい、不快な感情が襲いかかって来たときに、自分が不快な感情に浸ってしまいます。不快な感情に対しては決して逃げずに、いったん向き合い、そのあとはできる限り客観的に関わるように心がけるのがよいのでしょう。

こうした心の持ち方を工夫しながら、心はあくまでもツール、自分自身の実体は宇宙とつながっている霊魂(
生命)で、あることに思いをいたすのが正解、と考えるしだいです。
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# by bfath602 | 2011-07-07 10:28


どうすればもっと出版の成功率を上げることができるのでしょうか。やり方はあります。それはコーチングを使うことです。


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